小料理

よ〜く噛んでお召し上がりくださいませ。
し…塩辛
 外では、風が音を立てて鳴っていた。
 男の前にある熱燗は、すっかり冷めてしまっていた。
 主人が、「お燗、付け直しましょうか?」と聞いてくれたが、男は首を振った。
 そして器から塩辛をひとつまみ取り、口に入れた。
 
 たしかに、ぐにゃりとした感触だ。
 たしかに、生臭くてヌルヌルしている。
 たしかに、臓物なのである。
 
 「こんなキモチ悪いもん好きな人の気が知れないよ」
 それが、別れた女の最後に放った言葉だった。
 
 風の叫びが一段と高くなった。喉を切られた獣のようだった。 
 男は、ずいぶん久し振りに酒を口に運び、塩辛と共に流し込んだ。
 塩辛は、女の存在とはまったく別の次元に超然と存在し、女の不在とは無関係に男の胃液を触発した。
 男は、憑き物が落ちたように器の塩辛を貪り喰い、冷めた酒を一気に干し、新しい酒を注文した。
 自分はナマモノである。そう確認した。
更新日時:
2004/01/30
さ…サンチュ
 バスールームでは、知らない男がシャワーを浴びている。
 サイドテーブルの上には、ルームサービスで取った料理が、ほとんど手付かずで残っていた。白い皿の上には、挽肉料理を包んで食べるために、サンチュが置かれていた。
 
 あたしは、ついこの前まで、このサンチュを外国からやって来た割に新しい野菜だと思っていた。でも最近、そうじゃないんだってわかった。別名「包み菜」とも呼ばれるサンチュは、日本古来のチシャという野菜なんだそうだ。
 そんなど〜でもいい知識を、あたしはこんなホテルの部屋で知った。
 この「シゴト」を始めたばかりの頃、相手の男がたまたま持ってた雑誌に書いてあったのだ。
 
 あたしは、サンチュだけつまんで口に入れてみた。
 苦かった。
 いつものように男のコートから財布を出して、もう2万抜いた。あとは、このまま部屋を出て行くだけだ。なんもさせないで、5万になる。男はバカだ。
 あたしは、サンチュを噛んで飲み干した。
 苦かった。
 苦かった。
 急にすべてがバカバカしくなった。なんもかんもが嘘っぽく感じられた。
 あたしは、5枚の札を床に放り投げ、残ったサンチュを全部口に入れて部屋を出た。
 
 
更新日時:
2004/01/20
こ…鯉の洗い
 はい。おっしゃるとおり、あたしは赤羽駅の近くで小汚い食堂をやっとります。お調べのとおり、ウチの店で「鯉の洗い」って出してます料理は、ニセモンでございます。お察しのとおり、鯉なんかじゃねえ、ただの金魚でございます。近くの神社のお祭りで、隣のガキがすくった金魚もらって育てたシロモンでございます。それでも、常連のお医者様なんか「オレは全国で美味いもの食ってるから、たいていのことじゃあ驚かないが、ここの鯉の洗いは日本一だね」なんておっしゃります。みなさん、喜んで注文して下さります。それであたしが罪になるんなら全然構わないんでございますよ。いやね、むしろムショに入ったらよっぽどマシな暮らしが出来るんじゃないかと思ってたとこで…。
更新日時:
2004/01/19
け…ケッパー
 「あんたさぁ〜、なんかケッパーみたいな女だよね」
 かなり酔っ払った仁美がそう言った。
 
 「ケッパー?なにそれ?」あたしは聞いた。
 「ほ〜ら〜、なんかさ〜、スモークサーモンとかに付いてんじゃ〜ん。なんかちっこい豆みたいなヤツ」
 「ああ。あれケッパーって言うんだ」
 「そそそ。あの酸っぺ〜ヤツ。あれさ〜、サーモンに付いてりゃたまに食べるけど…単品じゃ喰わないよね…」
 「ああねえ」
 「そゆこと…」言って仁美は寝てしまった。
 どういうことだよ。あたしが?ケッパーみたいってさ〜。引き立て役ってこと?メインになれないってこと?意味わかんないよ。
 
 机の上には、もうツマミがなかった。
 ふと思って、あたしはメニューを見たが、焼き鳥屋にスモークサーモンはなかった。
 なんかムカついてトイレに立った。
 鏡を見たら、最近おでこに出来たニキビが、ケッパーに見えて悲しくなった。
 
 
 
 
 
更新日時:
2004/01/16
く…鯨ベーコン
 最近付き合い始めたカレシが、ガード下の汚い居酒屋に祥子を誘って言った。
 「この店、珍しいツマミあんだよ」
 プラスティックの皿に乗せられて出てきたのは、中が白くて周りが赤い薄っぺらなヤツで、それが鯨ベーコンだった。
 
 「うまくない?」カレシは聞いた。
 祥子はあいまいにうなづいた。
 ちっともうまくなかった。むしろキモかった。
 
 窓越しに背の高いシティホテルが見えた。元カレは、よくそのホテルのスカイレストランでテリーヌを勧めた。
 ガード下からホテルを見上げながら、祥子は鯨ベーコンを噛んだ。
 「でもテリーヌよりマシだな…」そう思った。
 
更新日時:
2004/01/07

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