小料理

よ〜く噛んでお召し上がりくださいませ。
ち…チーズ
 従姉のハルちゃんは、ウチにやって来ると、必ず写真を撮ろうと言う。
 玄関や、廊下や、階段や、庭や、お風呂場や、いろんなところにあたしを立たせて写真を撮る。
 あたしが「チーズ」と言ったり、なにかポーズを取ろうとするとハルちゃんは怒る。
 「そのままのチーちゃんが撮りたいんだから…」と言ってやめさせる。だから、あたしの顔は、いつもこわばって写っている。
 ただ、一度、台所でチーズを手に持ったまま撮った時だけは、「チーズ」を許してくれた。あたしが笑って写っているのは、その一枚だけだ。
 
 そんなハルちゃんは、もういない。
 昨日、交通事故で亡くなってしまった。
 きっと、これからあたしは、誰にカメラを向けられても「チーズ」と言わないだろう。
更新日時:
2004/12/13
た…筍
 タケノコは不思議だと、ノンちゃんは思います。
 タケノコは、竹の子なんだよと、先生は言いました。
 大きくなると竹になるんだそうです。
 だから、大きくなる前に食べるんだよ、そう言いました。
 
 竹は、硬くて、食べれないけど、竹の子は、柔らかいから、大丈夫。
 だから、柔らかいうちに、食べるんだって。
 
 ほら、試してごらん、先生は言いました。
 目の前のタケノコは、なんだかとても小さいです。
 お母さんが買ってきたタケノコとは、まるで違います。
 食べながら、ノンちゃんは思いました。
 やっぱりタケノコって不思議だな。
 
 明日もタケノコ食べようね、先生は言いました。
 どうしようかな、ノンちゃんは考えます。
 校庭に、陽が沈んでいきます。
更新日時:
2004/06/27
そ…蕎麦湯
 遠くで鳴っていたサイレンが近付いてきた。
 太った女がさっき通報してたから、おそらくこの店にもうじき来るのだろう。
 ちじれっ毛のモジャモジャ男は、血を流している。
 
 俺は、ただ蕎麦湯が飲みたかっただけだ。
 蕎麦屋に入って、蕎麦を食い、蕎麦湯をくれと言っただけの話だ。
「すいません。蕎麦湯ください」丁寧な口調でこう頼んだのだ。
 この低姿勢な要求に対し、やたらノッポな女は聞こえぬふりをし、モジャモジャも答えなかった。店は、空いており、客といえば俺以外に男のガキを一人連れた太った女と、ポマードで頭をテカテカに固めたリーマンぐらいだった。
 再度の低姿勢な要求も無視されたので、ほんの少し大きな声で俺は言った。
 「蕎麦湯、まだですか」
 ノッポが小さく「っさいな」と言ったような気がした。少なくとも、そんな顔をした。
 モジャモジャは、俺の方を見もせず、葱を刻むふりをしながら、口を最小限に開け、俺の方を見もせず、葱を刻むふりをしながら、どんよりした声を出した。
 「ウチ、立ち喰いだから…」
 
 ノッポが、それを聞いて、鼻で「ふん」と笑った。
 リーマンが、「なるほどね…」とつぶやいた。
 太った女は、溢れる野次馬根性を耳に集中させていた。
 
 俺は、カウンターの中に入り込み、モジャモジャの肩を軽く押したら、モジャモジャは、よろけて転び、醤油の空き瓶が割れ、その破片で掌を切り、流れた血を顔にも塗ったくり、ノッポはニヤ付きながら「やっちったよ〜」と言い、リーマンはズラかり、太った女は嬉しそうに悲鳴をあげ、通報者になれる幸福に眼を輝かせ、それを横目に見ながら俺は金属の杓子で鍋から茹で汁を掬い、ノッポの顔にぶっ掛けた。
 
 かなり前に始めた《蕎麦を一本ずつ箸で取り出し、それを指に巻き付けてから口に入れる》という仕事に専念していたガキは、初めて声を出して笑った。
更新日時:
2004/03/30
せ…赤飯
 雨が降っている。
 テーブルの上には、赤飯がのっている。
 姉貴が、今日結婚する。
 
 昨日、家族で、この食卓で、お祝いをした。
 なんか知らんが鯛のオカシラ付きと、胡麻塩掛けた赤飯が出た。
 かあさんは、姉貴のリクエストで肉じゃがを作った。
 
 親父は、貰ったワインで乾杯し、それをほとんど一人で空けた。
 かあさんは、鯛の骨を取るのに手間取り、あまり食べなかった。
 姉貴は、肉じゃがをガッつきながら、今度住むマンションから見える隅田川の話をしていた。
 「花火大会の頃、遊びに来てよ。17階だから、よく見えるよ」そう言って、肉じゃがの鉢をたいらげてしまった。
 あたしは、ビールばかり飲んでいた。
 
 あたしは小さい頃、鯛の「オカシラ」ってどっかの組の「お頭」かと思っていた。
 あたしは小さい頃から、胡麻塩は好きだったが、赤飯は嫌いだった。
 生理の始まりを赤飯で祝うなんて、信じられなかった。
 
 今朝早く、姉貴は父や母とタクシーで先に出て行った。
 あたしは、テーブルの上の赤飯を久しぶりに食べてみた。
 意外にうまかった。
 姉貴は、今日から夫になる男とあたしの関係を知らない。
更新日時:
2004/03/24
す…水餃子
 つぐみは、中学で一緒だった友達と三人で、久しぶりに会うことになった。「店、どこにする?」って話になり、決まったのは卒業式の帰りに行った川崎の中華料理屋だった。
 加奈も、佐知子も、それぞれ別の高校だったし、その後の進路も違っていたので、この三人で会うのは五年ぶりだった。
 駅で待ち合わせ、店に行ってみると、その店はもうなかった。その店だけでなく、辺りは当時とまるで変わっており、似たような背の高いビルが並んでいた。
 中華という選択を変えたくなかったので、つぐみたちは、少し歩いて、川沿いにある小さな店に入ることにした。
 
 ひとりずつ違う料理を選び、もう一品は全員一致で水餃子に決めた。
 それだけは、あの日と同じだった。あの日は「そう言えば水餃子って、店とかでちゃんと食べたことなくない?」ってことで一致し、試してみたのだ。そして食後に「意外にイケるじゃん」と笑ったことを三人とも覚えていた。
 
 つぐみは、ビールを飲み、加奈や佐知子の話を聞いた。昔から聞き役なのだ。
 加奈はカレシの話を、佐知子は職場で不倫している同僚の話を、手振りや顔真似付きで早口にしゃべった。
 二人が楽しそうに笑って話すので、つぐみも笑顔をしていたが、ひとつも面白くはなかった。むしろ苦痛だった。
 つぐみは思った。どうしてあの頃、こんな二人といつも一緒だったのか。
 つぐみは、改めて二人をじっと観察してみた。よくよく見ると、加奈も佐知子も、さかんに笑っているのだが、眼は笑っていないのがわかった。
 
 誰も手を付けない水餃子は、冷め切っていた。
  
更新日時:
2004/02/16

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